自分自身のルーツを知る作業#011


ドンベー()です。プロフィールの詳細はこちら

自分のルーツを知りたい。

年末年始、ゴールデンウィーク、お盆。この時期は実家のある京都に帰省するので、僕はよくお墓参り(父方の祖父、母方の祖父母は鬼籍に入っている)や(父方の)祖母に会いに行く。最近ようやく4代目後継者として曽祖父から始まった事業のバトンを受け取る「覚悟」が出来たからなのか、曽祖父や祖父のルーツや生き様が気になり始めた。昔から聞いていた話以外に、今回の帰省で衝撃の事実も判明した。

自分のルーツってどんなのだろう?

父方の祖父

大正5年生まれで86歳で(僕が18歳)亡くなった。祖父は死に際に「(悔いのない人生で)思い残すことはもうない」と言って亡くなった。この一言は僕に大きな影響を与えている。7つの習慣でいう、終わりを思い描くことから始める(ミッションステートメント)を考えるにあたって僕はこの祖父の生き様をとても参考にしている。祖父は大変な努力家で尋常小学校卒業して必死に働いて家業の復興に努めた。僕が大好きで尊敬している祖父だ。

父方の祖母

(祖母のおもしろエピソードはこちら。)大正10年生まれの祖母は京都生まれ京都育ち。祖母は幼い頃に、自分の祖母(僕から見ると高祖母)から新撰組の話をよく聞かされていたそうな。歴史を感じる。(父方の祖父は、曽祖父の遠縁にあたり婿養子として祖母と結婚した為)祖母が直系になるから、うちの家系の本流は祖母だ。その家系は昔は士族で、浅野内匠頭の家来だったとか。ほんまかいな。

母方の祖父

大正9年生まれの母方の祖父。両親から「おじいちゃんは、めちゃくちゃ優秀やったのに、遺伝せんくて残念やったな」と言われるくらい優秀だったそうな。旧制第三高等学校(現在の京都大学総合人間学部および岡山大学医学部の前身)から東大に進学し、学生時代には、海軍飛行予備学生第14期として学徒出陣をした。卒業後は新聞記者をし、学徒の同期と共に、学徒出陣に関する本を出版。学徒の同期には裏千家前家元の千玄室氏、サントリーの鳥井道夫氏、水戸黄門でお馴染みの西村晃氏がおられた。

今回の帰省で衝撃の事実が判明したのは、この母方の祖父だった。母親から「家計図と家系図を纏めた本があるよ」と言われたので家系図の本をぺらぺら捲って遡ってみると、中臣鎌足(西暦614年)、藤原不比等(西暦659年)の名前が。知ってる。歴史の教科書で勉強した。てか、そもそもなんで家系図が残ってて、その家系図が本になってるんだ!

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母方の祖母

大正15年生まれの母方の祖母。なぜかこちらも家系図残っていた。先祖は毛利元就公の御典医をしていて母方の祖母の家系の男性は代々医者。あれ?僕は理系科目が死ぬほど苦手だ。なんでやろ?ありえへん。ありえへん。僕にはこんな優秀な遺伝子があるはずなのに、学力に1ミリも貢献してない。隔世遺伝なんて存在しないんだ!

自分自身のルーツを知ってみて

幾多の先祖が繋いできた命のリレーの先に自分があるということを学びました。日本人であることを大切にしてい人生を歩みたい。

BON VOYAGE!

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【言葉の栄養】vol.011

あなたが何者であるかを放棄し、信念を持たずに生きることは、死ぬことよりも悲しい。若くして死ぬことよりも。(ジャンヌ・ダルク)

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